「わが生活と音楽より」
二組の女性デュオ・アルバムを聴く

文:ゆきのじょうさん

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■ ムローヴァ&ラベック

CDジャケット

ストラヴィンスキー:イタリア組曲(バレエ音楽『プルチネラ』からの、ドゥシュキンとの共同編曲)(1933)
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 ハ長調 D.934
ラヴェル:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ (1927)
クララ・シューマン:ロマンス Op.22-1

ヴィクトリア・ムローヴァ ヴァイオリン
カティア・ラベック ピアノ 

録音:2005年11月10、13日、IRCAM(イルカム、音響音楽研究所)、パリ
英Onyx(輸入盤 ONYX4015)

言わずと知れた、当代一流の女性ヴァイオリニストであるムローヴァが、これまた有名なラベック姉妹の姉のカティアと組んだ、リサイタルアルバムです。冒頭のストラヴィンスキーの『プルチネラ』の編曲版からして、極上の演奏です。両者とも研ぎ澄まされた、きりりとした音で、一点の無駄も乱れもなく、丁々発止のやりとりをしています。リズム感も素晴らしいです。次のシューベルトはふわりとした音色で、その次のラヴェルの色彩感とコントラストをつけています。ムローヴァとカティア・ラベックはどれも本当に軽々と弾いています。それでいて音楽は薄っぺらにならず、聴き通すとたっぷりとフルコースを満喫した気持ちになれます。

 このアルバムは実際にヨーロッパでツアーを行った後に録音されています。演奏会の様子はラベック姉妹の公式サイトの中のPhotoに掲載されています。てっきり、クララ・シューマンはアンコールピースなのかと思ったら、実際の演奏会(2005年9月20日、アスコーナ音楽週間)では前半にストラヴィンスキー、クララ・シューマン、そしてデイヴ・マリック作曲の「Falling to the Sky」という現代音楽?を入れて、後半にシューベルト、ラヴェルと並べているようです。一流の演奏家がデュオを組んで、お互いの個性をつぶし合わないで、極上の一品を、かくも作り出すことが出来るのだという見本のような極上の一枚です。

 

■ デュオ・コッホ

CDジャケット

シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第3番 WoO.27
プロコフィエフ:ヴァイオリンとピアノのための5つのメロディ Op.35bis
プーランク:ヴァイオリン・ソナタ(1842/43)
ルトスワフスキ:ヴァイオリンとピアノのためのパルティータ(1984)

デュオ・コッホ
サラ・コッホ ピアノ
マヤ・カタリーナ・コッホ ヴァイオリン

録音:2005年4月22-24日、テオドール・エーゲル・ザール、フライブルク
独Ars Musici(輸入盤 AMP51222)

 ここで演奏している二人は姉妹です。妹のマヤ・コッホは、拙稿「ロンドン・コンコルド・アンサンブルを聴く」 で取りあげた、ロンドン・コンコルド・アンサンブルのヴァイオリンを担当しています。ドイツ人の父と日本人の母を持ち、ベルリン生まれ。山本麻耶という日本名もあり、ロータス・カルテットという団体の第二ヴァイオリンも担当しているようです。

 二人の演奏は、とても気合いの入った、意欲的かつ刺激的なものです。最初のシューマンのソナタからして馴れ合いのようなものは感じられず、丁々発止に渡り合っています。クレジットの順番はピアノのサラ、ヴァイオリンのマヤとなっており(因みにジャケット写真でも手前が姉のサラで、その後ろにいるのが妹のマヤです)、実際にCDをかけてみると、全編に渡ってサラのピアノがぐいぐいと仕掛けているのが明らかです。一方、マヤのヴァイオリンも負けてはおらず、サラが切り込んでくるのを正面から受け止めて、瞬時に切り返すような鋭さがあります。シューマンでは、まだ曲の性格もあって穏当な印象ですが、プロコフィエフではピアノが一層雄弁となりヴァイオリンとほぼ対等の関係になります。プーランクのソナタ第一楽章となると冒頭の「ガツン」という感じのサラのピアノから始まって、二人とも多少音色が犠牲になっても音楽が疾走させていくのがスリリングで魅力的です。これに続く第二楽章の小粋な節回しや終楽章の華やかなリズム感も見事で、思わず聴き入ってしまいました。このプーランクはアルバム通しての白眉と言って良いと思います。最後のルトスワフスキは、決して聴きやすい曲ではありませんが、やはり二人の気迫が伝わってきて息を付かせずあっという間に終わってしまいますので、印象はとても良いです。

 ムローヴァ&ラベック盤は、非常に高度なレベルで、お互いの個性を残しながら融合しているのが唖然としてしまいますし、一方、デュオ・コッホ盤は一歩間違うとどちらかが崩れてしまうような、ぎりぎりの緊張感で美しい音楽を作り出しています。どちらも素晴らしく、魅力的なアルバムです。

 

■ 付記

 

  以下、少々長くなりますが、今回取りあげたディスクに関連した、もう二枚のディスクについても触れたいと思います。

CDジャケット

パリ:ディアギレフ、コクトー、そしてストラヴィンスキーの精神
プーランク:
 ヴァイオリン・ソナタ(1842/43)
ストラヴィンスキー:
 イタリア組曲(バレエ音楽『プルチネラ』からの、ドゥシュキンとの共同編曲)(1933)
 ロシアの歌 (1922)
 タンゴ (1940)
 パストラーレ (1933)
ミヨー:
 屋根の上の牡牛 ヴァイオリンとピアノのためのシネマ幻想曲

マヤ・コッホ ヴァイオリン
ジュリアン・ミルフォード ピアノ

録音:2005年7月25、26日、2006年4月25日、キャンプス・ヒル、イギリス
英ORCHID(輸入盤 ORC100003)

 マヤ・コッホが、ロンドン・コンコルド・アンサンブルのメンバーであるミルフォードと組んだアルバムです。タイトルのように、20世紀初頭のパリを中心とした芸術を音楽から俯瞰するというコンセプトです。

 驚くのはサラ・コッホとのArs Musici盤の録音から1年も経たないうちに、プーランクを再録音していることです。それほど十八番のレパートリーなのか、アルバムコンセプトから入れることになったのかは不明です。演奏自体はArs Musici盤に比べると、演奏時間も含めて基本的な解釈は変わっていないようですが全体の印象は少し違います。ミルフォードのピアノが柔らかく上品で、マヤ・コッホのソロに付きそうような演奏でもあるためか、Ars Musici盤に比べると落ち着いた感じです。ストラヴィンスキー:イタリア組曲は、図らずもムローヴァ&ラベック盤との聴き比べになってしまいました。ムローヴァが本当に空中を漂う羽毛のように軽々と弾いているのに対して、コッホは、スケールを大きく取ってたっぷりと情感を込めて弾いており、私が好きな終曲:メヌエットも豊かな響きで圧倒されます。ミヨーでの万華鏡を見るような煌めきも含めて、密かに注目していきたいヴァイオリニストだと思っています。出来れば、デュオ・コッホでもっと聴いてみたい思いもありますが。

CDジャケット

ラヴェル:
 スペイン狂詩曲(2台ピアノ版)
 組曲《マ・メール・ロワ》(1台4手連弾版)
 古風なメヌエット(マリエルによるソロ)
 亡き王女のためのパヴァーヌ(1台4手連弾版)
 前奏曲(カティアによるソロ)
 ボレロ(打楽器と2台ピアノ版)

カティア・ラベック、マリエル・ラベック ピアノ
グスタヴォ・ヒメノ、ティエリー・ビスカリー 打楽器 
録音:2006年、IRCAM、パリ。及び、グスタフ・マーラー・ムジークザール、ドッビアーコ・グランドホテル、イタリア(ボレロのみ)
仏KLM RECORDINGS(輸入盤 KML1111)

 ムローヴァとのデュオ・アルバムが出て、ラベック姉妹としての活動は?と思ったところで出てきたアルバムです。KLMという自主レーベルを立ち上げて、その第一弾のようです。アンサンブルの素晴らしさは相変わらずで、《マ・メール・ロワ》などは、管弦楽版に劣らないスケール感があります。注目は最後のボレロです。ラベック姉妹の故郷はバスク地方で、ラヴェルも同郷であることは初めて知りました。今回の編曲版では、そのバスク地方の打楽器を用いているとのことで、そのためか野趣溢れる響きになっています。2台のピアノでは単調になるのではという危惧は、たちまち霧散します。この二人にしか出来ない至芸なのだろうとも思いますが、盛り上がりも十分で堪能しました。曲が終わっても10秒近く無音のままCDは止まらずに動いており、余韻もたっぷり聴き手に与えるという丁寧な作りにも感銘を受けました。

 

2007年4月2日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記