バレンボイム指揮のベートーヴェン交響曲全集を聴く
■シュターツカペレ・ベルリンの今■

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CDジャケット

ベートーヴェン
交響曲全集
バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン
録音:1999年5-7月、ベルリン
TELDEC(輸入盤 3984-27838-2)

 

■ 古色蒼然?

 

 類い希なベートーヴェンの交響曲全集である。どのようなベートーヴェン演奏であるかということよりも、このCDで聴くオーケストラの音に驚かされる。悪く言えば古色蒼然。とても今風ではない。

 弦楽器の音はやや乾きぎみでざらつくこともあり、最近の優秀なオーケストラ録音を聴き慣れている耳には、洗練されているとはまるで感じられない。そうした弦楽器群の音に透明感があるようにも聞こえないが、ある意味でずっしりとした感触を感じる。

 木管楽器はつややかではなく、朗々と歌うところでさえ渋めの音を聴かせる。金管楽器は前に張り出してくることがなく、舞台後方で弦楽器や木管楽器のアンサンブルの邪魔にならないようにアクセントをつけている。その一方で、ティンパニは爆雷のような強烈さで目立ちまくるが、これが演奏を引き締める役割を果たしている。

 このような音が聴かれるベートーヴェンの交響曲全集を私は他に持っていない。しかし、このCDに聴くシュターツカペレ・ベルリンの音には独特の味わいがある。「洗練」「機能美」などの言葉からは対極的な位置にあるように思われる音ではあるが、国際化が急速に進む現代のオーケストラ界にあって、これほど古めかしい音が残っているというだけでも価値がある。少なくとも、バレンボイムはわざわざこの音を使ってベートーヴェンの交響曲全集を録音したのである。

 バレンボイムは1991年からシカゴ響、1992年からベルリン国立歌劇場の音楽監督という要職にあり、しかもベルリンフィルとも近く、彼さえその気になりさえすれば、シカゴ響とでもベルリンフィルとでもベートーヴェン全集を完成させることができたはずなのである。それなのに、なぜこのようなサウンドを持つオケを起用したのか?

 それは、まず間違いなく、この音がバレンボイムの考えるベートーヴェンの音だったからだ。それも、バレンボイムはシュターツカペレ・ベルリンの音を自分で磨き上げ、わざわざこのようにしているのである。

 

■ アンティーク家具、そして「中央ヨーロッパ」

 

 バレンボイムは自伝の中で以下のように述べている。

 ベルリン国立歌劇場で私が出会ったオーケストラは、非常にすばらしいアンティーク家具に、けれどもいく層もの埃に本来の美しさを覆い隠された家具に似ていた。オーケストラのレベルがたいへん高いことは分かっていたので、私はその埃を取り除く作業に着手した。純粋に音楽的観点に立って、イントネーション、アタックの統一、統一のとれた全体演奏、などの本来の美しさを覆っていたものを取り除いた。少しずつではあるが、このオーケストラが高いレベルを持っているという私の判断が正しかったことが実感され、あっという間にすべてがうまく整った。

「ダニエル・バレンボイム自伝」(バレンボイム著、蓑田洋子訳、音楽之友社、p.259)

 一方、バレンボイムは交響曲全集の解説書では、上記鍛錬の結果、シュターツカペレ・ベルリンからは戦前の録音に聴かれるような音、つまり今我々が聴き慣れているよりもきらびやかさが控えめな音が聴けるとし、さらに1950年代初頭のイスラエルフィルの音を想起させるとも語っている。当時のイスラエルフィルは、ドイツ、チェコ、ハンガリー、ポーランド移民によって構成され、かなり古風な音がする「中央ヨーロッパ的」なオーケストラだったとか。

 こうした発言を拾っていくと、バレンボイムは今風の音を目指しているのではなく、50年も前の「中央ヨーロッパ的」な音を追求していて、それを自らの努力でシュターツカペレ・ベルリンの中に作り上げていったことが分かる。

 したがって、このベートーヴェン交響曲全集に聴かれる音はまさしくバレンボイムが望んだ音であり、この音が出せるからこそバレンボイムはシュターツカペレ・ベルリンを使ってベートーヴェンを録音したと考えられる。

 

■ 重厚さを追求しない

 

 ちなみに演奏面においてもバレンボイムは重厚さを追求していないという点で興味が持てる。シュターツカペレ・ベルリンの使いようによっては、重厚でいかにも質実剛健な演奏も可能だったはずだが、バレンボイムがそうした誘惑に駆られたのは第9番だけであったらしく、残り8曲においては必ずしも重厚さを追求していない。むしろ適度な軽さがあり、音楽を前に前に進めていこうとするのりのよさがある。

 多分、この軽快さとオケの音色の組み合わせが受け入れられるかどうかでこの交響曲全集の評価が180度分かれてしまうのだろう。私としてはバレンボイムの意欲と、オーケストラの鍛錬の賜であるこの録音は非常に味わい深いものだと思っている。少なくとも、どの曲を聴いてもバレンボイムが描く「中央ヨーロッパ的」な視点からの新しいベートーヴェン像を垣間見ることができる。これを自分の好みではないからと言って切って捨てるのは簡単だが、もったいなさ過ぎる。指揮者とオーケストラのあり方を考えさせる点はもちろん、指揮者が指揮者らしいまっとうな仕事をした成果を評価したいところだ。

 

■ 追記 その1

CDジャケット
レオノーレにワルトラウト・マイヤー、フロレスタンにドミンゴを起用した強力盤。第2幕でのドミンゴ登場にびっくりする。

ベートーヴェン
歌劇「フィデリオ」全曲
「レオノーレ」序曲第1-3番
バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン
録音:1999年5-6月、ベルリン
TELDEC(輸入盤 3984-25249-2)

 バレンボイムは上記ベートーヴェン交響曲全集を録音している合間に「フィデリオ」も録音。 ここでも交響曲と同様の音が聴けるが、オペラの中ではオーケストラがより雄弁になって聞こえるのは私の気のせいか。

 この「フィデリオ」は冒頭の序曲に「フィデリオ」序曲が置かれるのではなく、「レオノーレ」序曲第2番が置かれている。さらにオペラ全曲終了後に「レオノーレ」序曲第1番、第3番、「フィデリオ」序曲が収録されている。

 このCDの噂を耳にしたことは全くないのであまり評価されていないのかもしれないが、少なくとも4つの序曲を聴くとバレンボイムによるベートーヴェンへのアプローチが交響曲全集と同一ライン上にあることが感じられて興味深い。

 

■ 追記 その2

CDジャケット

シューマン
交響曲全集
バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン
録音:2003年3月12-14日、ベルリン
TELDEC(輸入盤 2564 61179-2)

 

 バレンボイムはここで自らが作り上げたシュターツカペレ・ベルリンの古風なサウンドをもちいて、激烈・熱烈な演奏を繰り広げた。ライブとの表記はどこにもないが、ライブとしか思えない激しさだ。第3番の冒頭など、ガシャガシャと聞こえ、全くすっきりしていない。バレンボイムは縦の線をきれいに揃えること以上に、熱烈にシューマンの音楽を表現することを選んだようだ。特に第4番は一気呵成の爆演で、ティンパニをはじめ、オーケストラが轟々と鳴り、少しうるさく感じるほどだ。もっとも、その欠点を補ってあまりある迫力に、聴いた後のカタルシスも大きい。

 なお、「アメリカ東海岸音楽便り」の岩崎さんがバレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンの演奏をニューヨークで聴かれ、その試聴記を寄せて下さっているが、このCDの内容と岩崎さんの記録は全く符合している。どこで演奏したとしてもバレンボイムとシュターツカペレ・ベルリンはこのような音で演奏しているのであり、録音による錯覚ではないことが例証される。

 

(2004年8月29日、An die MusikクラシックCD試聴記)