短期集中連載  An die Musik初のピアニスト特集

アルフレッド・ブレンデル 第3回
リスト編曲「オペラ・パラフレーズ集」を聴く

語り部:松本武巳

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CDジャケット

リスト編曲

  1. ランメルモールのルチア(ドニゼッティ)よりSextet
  2. イル・トロヴァトーレ(ヴェルディ)よりMiserere
  3. ノルマ(ベッリーニ)よりGrand Fantasy
  4. オベロン(ウェーバー)よりOverture
  5. ベンヴェヌート・チェッリーニ(ベルリオーズ)よりBenediction and Oath
  6. タンホイザー(ワーグナー)よりPilgrims’ Chorus

録音:1956年頃(モノラル)
アルフレッド・ブレンデル(ピアノ)
VOX (輸入盤 CDX 5181)

 

■ 超名演であるにもかかわらず・・・

 

 ピアノ音楽の非常にコアなファンの方たちの衆目の一致するところ、このディスクがリスト作品集に留まらず、VOXへのすべてのディスク中、最高の名演であるとの評価を得ているものであるのですが、惜しむらくは、このディスクと「パガニーニの主題による練習曲集」はモノラル録音であったがために、VOXの厖大なディスク群に埋もれてしまい、あまり多く再発売がなされなかったために、まさに知る人ぞ知るディスクに留まってしまっているのです。しかし、これらの録音を凌駕するこの楽曲に関する録音は、総合的に判断した場合、現在に至るまで、いまだに一枚も出ていないと私は確信しています。

 

■ ブレンデル自身のこのディスクへの考え

 

 実は、ブレンデル自身が、これらの音楽を作曲(編曲)したが故に、フランツ・リストと言う作曲家が大いなる誤解と軽蔑を受ける対象になり続けた経緯を述べているのです。ただブレンデルはこうも言っています。「これらの音楽の持つ、本質的にエロティックな官能的な魅力は、弾いていて決して気分の悪いものではないし、実際にはクラシック音楽の持っている正しい一側面を表現しえているのです」と。これは本当に驚くべきことですが、リストのある側面のピアノ曲を弾いているときの彼の顔を観察しますと、確かにブレンデルはある種の官能の世界に浸りこんで、ピアノに立ち向かっていることは、彼のリスト・アーベントを一度でも実演で聴かれた方はご理解くださるものと信じています(リスト晩年の作品集を除く)。ピアノ演奏のカリカチュアでとても有名な物に、男性ピアニストが感じ入りながら、ピアノに見立てた女裸体を、鍵盤に見立てて弾いているという、とても猥褻な、あまりにも卑猥な絵画が存在しますが、その絵画の実在を最も納得できる最右翼のディスクが、何と、あのブレンデルの弾いたこのディスクであると言い切れるのですから、世間の誤解は、ここに窮まっていると言えるのではないでしょうか?

 

■ ブレンデルが再録音をしなかった理由

 

 これは、ブレンデル自身が、人生の中である程度若い時分にしか弾けない音楽がある物で、経験とか年齢を重ねてしまうと、もはや、そのような楽曲に立ち向かえないか、若いときのような名演を披露できなくなることを自ら自認し、これらの楽曲の演奏の筆を折ったと述べていますが、言いようもあるものだな、との感慨を持ってそのような彼の発言の件を読んだ経験があります。つまり、彼は再録音どころか、その後、これらの楽曲の演奏すら行っていないのですね。でもこれは仕方がないと思います。若くて颯爽とした時代(その人なりのです・・・念のため)にしか、弾けない否弾いてはならない曲という物があるのですね・・・確かに、良い年をしたオジサンが奏でる楽曲ではないのかな? と、すでにちょっと腹の出っ張ってしまった私自身も妙に納得してしまうトシになってしまったのですね。オジサンと言われて懸命に反発するトシ頃までは容認できる演奏や音楽も、自らオジサン現象を自認するにいたるころには卒業する運命にある曲集なのかも知れませんね。とすると、このディスクをわざわざブレンデルの代表盤10枚の中に入れている、私のオジサン度の高さもまた、若さへの郷愁とともに実証できてしまう、とってもこわ〜いレコードなんですね。ブレンデルの弾いた、このリスト「オペラ・パラフレーズ集」は・・・

 

■ 最後にブレンデルと編曲者リストと私自身の弁解・弁護を・・・

 

 以上の話と基本的には無関係と思われる映像を最近見ました。それは、世紀の大指揮者の一人であった、エフゲニー・ムラヴィンスキーが初来日したときの、ソ連の放送局が撮影した日本紹介の映像です。そこに映されていた日本人とコンサートホールの雰囲気は、私自身が実はその会場に実際に居たにもかかわらず、そこに見える日本人の姿その他のすべてが『浦島太郎』でした。ほとんどの聴衆が、分厚い黒縁眼鏡をかけて髪を七三にキチンと分けた、欧米で日本人を揶揄しているマンガに良く登場するような日本人であり、まさにそんな群衆がひしめいていたからなのです。私もその中の一員であったことを到底自分自身が信じられないような映像でした。ところが、その映像の撮られた時点で、私が今回取り上げたレコードはとっくの昔に廃盤になって久しいレコードなのですね。これでは、私にとって現在のブレンデルに対する無理解や誤解を、世間に訴える意義はもちろんあるのでしょうが、過去の無理解を評論家の方々に抗議しても仕様がないな、と思った次第です。ブレンデルはこれらの音楽を録音するのが早すぎたのですね。でも、録音が評価される年齢に達した時期には、ブレンデルにはもはやこれらの楽曲を感じ入って演奏できない年齢に達してしまったのですね。とても残念ですがこのように私は理解するしかないのかな・・・と自分に言い聞かせているこの頃です。

 

(2004年8月13日、An die MusikクラシックCD試聴記)