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ベイヌム指揮コンセルトヘボウ管弦楽団ディスクレビュー
(コメントつき不完全ディスコグラフィ)
■ PART 4. RADIO RECORDING-2 ■

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■ PART 4. RADIO RECORDING-2 ■

 

CDジャケット

“Eduard van Beinum Concertgebouw Orchestra LIVE - The Radio Recordings”
CD:Q Disc 97015 〔輸入盤(2000)〕

 CD11枚プラスDVDビデオ1枚という大ボリュームのボックス・セットで、ベイヌムとコンセルトヘボウ管が演奏する37曲がぎっしり詰め込まれている。ベイヌム生誕100年を記念して編纂されたものらしい。1999年に発売されたハイティンク篇に続く指揮者別シリーズ第二弾でもあり、このあとメンゲルベルクとフルネのセットも出た。

 バルトークの「管弦楽のための協奏曲」がデッカのスタジオ録音、ディーペンブロックの「テ・デウム」がフィリップスのライヴ録音、リパッティとのバッハがプライヴェート録音であるほかは、すべて放送局が収録したライヴ録音(モノラル)。またその中の一部はニューヨークの国連アッセンブリー・ホールやウィーンのムジークフェラインで収録されたものだが、ほとんどはコンセルトヘボウ大ホールでの録音となっている。

  • CDは概ね年代順に収録され、5枚目までが戦前の副指揮者時代、6枚目以降が戦後の首席指揮者時代となっているが、以下では作曲家別に並べなおし、Kees Wisse氏による懇切丁寧な解説書を参考にしながら紹介していく
  • バルトーク「管弦楽のための協奏曲」とディーペンブロック「テ・デウム」は既にとり上げたので割愛
  • ※印の音源は、Andanteレーベルの高価4枚組”CONCERTGEBOUW ORCHESTRA 1940-1958: Eduard van Beinum“(ANDT4060/2003)にも収録された
  • 他にも別の形で既にCD化されていたものもある

1)アンドリーセン:交響曲第4番 〔CD9/録音:1955年10月19日〕

 アンドリーセンはオランダの作曲家で、ベイヌムと親交があったとのこと。この作品は1954年のハーグ・レジデント管50周年のために作曲されたもの。わりあい分かりやすいコンパクトな曲で、リズミカルな部分などは魅力的だ。オーケストラの反応のよさを感じさせるような演奏。

2)アンドリーセン:苦しみの鏡 〔CD8/録音:1952年12月21日 ※〕

 ソプラノ:イルマ・コラッシ
 5つの短い曲から成る、弦楽オーケストラ伴奏の歌曲。もとはオルガン伴奏として作曲されたとのことで、ゆったりした曲だが、独特の不思議なムードにあふれた演奏となっている。弦の響きが美しい。

3)バッハ:2台のチェンバロのための協奏曲 〔CD2/録音:1939年12月11日〕

 ピアノ:べイヌム&ヨハネス・デン・ヘルトーク
 ピアニストとして音楽家のキャリアをスタートさせたベイヌムは、指揮者となってからもしばしば弾き振りをしていたそうだが、その録音はたいへん珍しい。もう一人のピアニストのデン・ヘルトークは元コンセルトヘボウ管の常任ピアニストだった人で、このときはすでに第二指揮者の地位にあった。

4)バッハ:カンタータ第56番 〔CD1/録音:1939年2月19日〕

 バリトン:マック・ハレル
 ライナーノートには「後の録音ではずっと軽くもっとダイレクトなアプローチをとるベイヌムも、まだメンゲルベルク・スタイルの影響を呈している」とある。個人的にはなじみのない曲なのでよく分からないが、この前後に録音されているリストやチャイコフスキーに関しては同感なので、このバッハもそうなのだろう(頼りない感想ですみません)。
 独唱のマック・ハレルは、チェロ奏者リン・ハレルの父親とのこと。

5)バッハ/ブゾーニ編:チェンバロ協奏曲 〔CD7/録音:1947年10月2日/Private Recording〕 ※

 ピアノ:ディヌ・リパッティ
 ブライヴェート録音といっても客席での隠し録りのようなものとは違うようだが、ノイズは多め。すっきりと明晰で格調を感じさせるという、ベイヌムのバロック演奏の個性が、ここではすでに現れている。

6)バーディングス:チェロ協奏曲第2番 〔CD4/録音:1941年3月27日〕

 チェロ:カレル・ヴァン・レーヴェン・ボーンカンプ
 オランダ人作曲者によるこの作品は、当録音の前年に完成されメンゲルベルクの指揮で初演された曲とのこと。その初演でも独奏を担当したボーンカンプは、コンセルトヘボウ管の首席を務めたこともある人物。

 かなりノイズが目立つ録音ながら、なにやら不穏なファンファーレで開始されるこの曲の魅力は十分に楽しめる。ダイナミックでハードな雰囲気の部分も、オーケストラの音色のせいでかなり聴きやすくなっており、リマスタリングの効果もあるのかもしれないが、やはりヘボウの個性の賜物なのだろう。

7)ベートーヴェン:「エグモント」序曲 〔CD10/録音:1954年10月11日/recorded at Assembly Hall of United Nation,N.Y.〕

 たいへん貴重なベイヌム&ヘボウのベートーヴェンだが、コンセルトヘボウ大ホールでの録音ではないせいか音がやや硬く、金管が突出したりして溶け合いも不足気味。とはいえ、どっしりした構築の中に躍動感を感じさせ、「やはりベイヌムのベートーヴェンは素晴らしい」との思いを新たにできるだけの内容がある演奏だ。

8)ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 〔CD8/録音:1952年12月18日〕

 ピアノ:ソロモン
 この曲に関しては、演奏は悪くないのだが、録音の状態があまりよくないのが残念。

9)ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 〔CD10/録音:1958年3月19日 ※〕

 ヴァイオリン:ジノ・フランチェスカッティ
 ベイヌムはこの前年にグリュミオーとこの曲を商業録音しているが、こちらの方がよりキビキビとしたベイヌムらしい伴奏となっている。やや固めの録音のせいもあるのかも知れないが。

10)ブラームス:交響曲第1番 〔CD7/録音:1951年10月25日〕

 またもやブラ1だ。ベイヌムとヘボウだけで計4種類もの録音がある曲なのだが、コンセルトヘボウ管弦楽団はそのほかにも、メンゲルベルク(1940と1943の二種)、ハイティンク(1972)、シャイー(1987)の歴代シェフと録音しているし、若き日のカラヤン(1943)との吹き込みもある。ライヴではフルトヴェングラー(1950)、モントゥー(1962)、コンドラシン(1980)とのCDがあり、非正規盤のショルティ(1992)やシャイー(2001)まで含めると実に14種。おそらくヘボウ史上の録音最多曲に相違ない。

 この演奏は、デッカのあの名録音の直後のものだけに、ほとんど同傾向だ。彼らが実演でもこれだけの名演を繰り広げていたことの証明にはなるが、それ以上の発見があるわけでもない。なお解説書によると、この二つの録音で第2楽章のオーボエ・ソロをとるのは第一オーボエ奏者Haakon Stotijnで、ベイヌムはその演奏を〔無類の美〕と称えていたとのこと。

11)ドビュッシー:交響詩「海」 〔CD3/録音:1941年1月30日 ※〕

 16年後のフィリップスへの録音と比較すると粗っぽい部分もあるものの、メンゲルベルクの時代にこのようにモダンな演奏をしていたことは驚きだ。ブックレットにはロス・フィルとこの曲をリハーサルしていた際のエピソードが紹介されている。あるフルートとオーボエのパッセージがベイヌムの望む演奏にならなかったとき、彼はこう言ったという。
「fluteもoboeも要りません。私が欲しいのはfloboeです」

12)ドビュッシー:交響組曲「春」 〔CD5/録音:1942年7月8日 ※〕

 一般のドビュッシー管弦楽曲集の類いにはあまり収録されない曲で、初期の作品のせいか確かにドビュッシーらしさは弱いかもしれないが、決して退屈な曲ではない。色彩感あふれる演奏がその楽しさを盛り上げており、なかなかの聴きものとなっている。

13)ドビュッシー:管弦楽のための映像 〔CD6/録音:1948年12月19日 ※〕

 解説書によると、ベイヌムはこの曲を頻繁にとり上げ、戦後だけで全曲を13回、「イベリア」を32回も指揮したという。1954年のフィリップス録音もあり、そちらの極上の録音に比べると、このライヴは少々魅力が劣るといわざるを得ない。

14)エッシャー:哀悼の音楽〔CD9/録音:不明 ※〕

 この曲だけ収録年月日の記載がないが、1950年頃の録音とされている。1991年にシャイー指揮コンセルトヘボウ管の演奏会でとり上げられた際の放送録音もNMクラシックスでCD化されているが、それを聴いても難解な曲だという印象しか持てなかったのに対して、このベイヌムの古い録音はけっこう面白く聴くことができる。ブリテンやシベリウスの曲でも同じようなことがあった。ベイヌムの演奏は曲の本質を素直に引き出し、それを聴き手にストレートに届けてくれるからだと思う。

15)フランク:交響詩「プシシェ」より 〔CD3/録音:1941年5月15日 ※〕

 ベイヌムはこの曲の全曲版を一度だけとり上げたそうだが、ここでの演奏は1953年のデッカ録音と同様に、ブシシェの眠り/西風にさらわれるプシシェ/エロスの園/プシシェとエロスの4曲からなる抜粋版となっている。

16)フランク:交響的変奏曲 〔CD2/録音:1939年12月3日〕

 ピアノ:ヘラルト・ヘンゲフェルト
 ベイヌムは1931年にこの曲で「ピアニスト」としてコンセルトヘボウ・デビューを果たしたという(指揮は当時の第二指揮者Cornelis Dopper)。

17)ヘンケマンス:ヴィオラ協奏曲 〔CD9/録音:1956年4月24日〕

 ヴィオラ:クラース・ブーン
 オランダ人作曲者によるこの作品は、当録音の二年前に完成され1955年にクーベリックの指揮で初演された曲とのこと。その初演でも独奏を担当したブーンは、1950年から1980年の長きに渡ってコンセルトヘボウ管の首席を務めた人物で、録音が残っているものだけでも「ドン・キホーテ」(セル及びハイティンク)、「イタリアのハロルド」(モントゥー)などで独奏を担当している。

18)リスト:ピアノ協奏曲第2番 〔CD1/録音:1935年9月8日〕

 ピアノ:ヨーゼフ・ペンバウアー
 CDセットの冒頭に収録されたこの曲は、ノイズの中から開始される。なにしろ70年前、昭和10年(!)の録音なのでやむを得ないが、楽器の音はかなり鮮明なので、そのうちノイズはあまり気にならなくなる。

 テンポ設定も表情づけもかなり濃厚な感じを受けるのは、ソリストの個性に合わせているせいだけではないだろう。なにしろ当時のコンセルトヘボウ管はメンゲルベルク体制の真っ最中なのだ。後年の個性を未だ確立していないベイヌムがその影響下にあったとしても不思議はない。

19)ルドルフ・メンゲルベルク:サルヴェ・レジナ 〔CD3/録音:1939年10月2日〕

 ソプラノ:トー・アン・デア・スリュイ
 この作曲家はウィレム・メンゲルベルクの遠い親戚(いとこ)。ウィレムもこの曲を録音している。

20)モーツァルト:交響曲第40番(リハーサル) 〔CD11/録音:1956年9月20日〕

 どういうわけかこの曲だけはリハーサルの様子が収録されている。といってもブツ切りではなくほとんど通し演奏で、第3楽章で中間部が念入りに繰り返されて主部の再現があっさり済ませられる他は、何箇所かでストップする程度。ベイヌム自身による音声解説付き?だと割り切れば、普通の演奏として聴けないこともない。

21)モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 〔CD11/録音:1956年6月8日/recorded at Musikverein,Wien ※〕

 ヴァイオリン:ユーディ・メニューイン
 この演奏はどうもあまりピンとこないのだが、このときのウィーン公演は大歓迎されたらしい。

22)ペイパー:交響曲第3番 〔CD9/録音:1957年10月2日〕

 デッカ録音から4年後の演奏。ベイヌムは、オランダ音楽祭のオープニングコンサートやコンセルトヘボウ管の北米ツアーなどを含めて、しばしばこの曲を指揮したという。

23)ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲 〔CD6/録音:1954年10月11日/recorded at Assembly Hall of United Nation,N.Y. ※〕

 ベートーヴェンの「エグモント」と同じ演奏会の録音で、ベイヌムとクーベリックが同行したコンセルトヘボウ管の北米ツアーにおける国連での演奏会のもの。ベイヌムはこの曲をしばしばとり上げ、急死する二日前に行われた最後の演奏会でも指揮したという。

 曲想の違いのためか、録音上の不満は「エグモント」ほどではなく、十分に楽しめる。雰囲気に流されるタイプではなく、カッチリとした構成感と精妙な響きによる、明晰なラヴェルだ。現代的なアプローチというのだろうか、いま聴いても古臭い感じがちっともしない。

24)ラヴェル:ピアノ協奏曲 〔CD3/録音:1940年11月28日〕

 ピアノ:コルネリアス・デ・フロート
 管の洒脱なフレーズが横溢するこの曲はいかにもヘボウにふさわしそうなのに商業録音がなく残念に思っていたのだが、その渇をいやすのに十分な演奏だ。戦前のメンゲルベルク時代だというのにこの鮮明な音質は信じられない(ノイズは入るが)。オーケストラは必ずしも余裕たっぷりというわけではないものの、その分緊張感に満ちたなかなかの演奏となっている。

25)レーガー:舞踊組曲 〔CD5/録音:1943年7月18日〕

 ポリドール(グラモフォン)へのSP録音から二ヶ月後の録音。1916年にコンセルトヘボウ管によって初演されたこの曲を、ベイヌムは合計8回も実演でとり上げたという。

26)レスピーギ:交響詩「ローマの噴水」 〔CD8/録音:1949年10月16日〕

 この作曲家に関してはハイティンクもシャイーも冷淡で、そもそもヘボウによる録音がまったくない。ベイヌムのこの録音は実に貴重なものだ。幸いにして録音状態もよく、多彩なオーケストレーションを極上のヘボウ・サウンドで堪能できる。

27)シェーンベルク:5つの管弦楽曲 〔CD8/録音:1951年10月12日 ※〕

 シェーンベルクは1912年から1920年にかけてコンセルトヘボウ管を何度か指揮したそうだが、この録音は数ヶ月前に亡くなった彼を追悼して演奏会でとり上げられたときのものとのこと。シャイーの録音と比較しても、こちらの方がカラフルな印象で、なかなかの聴きものとなっている。

28)シューベルト:「ロザムンデ」より 〔CD2/録音:1940年7月7日 ※〕

 これは戦後に録音されたベイヌムのシューベルトとはかなりスタイルが異なる演奏。このようなレパートリーにおいては当時のボスであるメンゲルベルクの個性の方がオーケストラをより強く支配していたのだろうか。

29)シューベルト:岩の上の羊飼い 〔CD2/録音:1940年7月7日〕

 ソプラノ:ヨー・ヴィンセント/クラリネット:ルドルフ・ガル
 元はクラリネットのオブリガードの付いたピアノ伴奏の歌曲として作曲されたもので、管弦楽の編曲者は不詳とのこと。クラリネットのガルは当時のコンセルトヘボウ管の首席奏者。

30)シュテファン:ヴァイオリンと管弦楽のための音楽 〔CD2/録音:1940年1月4日〕

 ヴァイオリン:ゲオルグ・クーレンカンプ
 ドイツの作曲家による1913年の作品で、自由なロンド形式による単一楽章の曲。

31)ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲(1919年版) 〔CD6/録音:1948年5月13日〕

 解説書によるとストラヴィンスキーは1937年まで定期的にコンセルトヘボウ管を指揮して自作をとり上げており、この曲は1924年11月に演奏したとのこと。ベイヌムもこの曲(組曲及び全曲)をしばしば指揮したらしく、1956年にはフィリップスに組曲版を録音している。この録音はコンセルトヘボウ60周年記念コンサートのライヴ。

 1946年録音(デッカ)の「春の祭典」では少々危なっかしい部分もあったが、さすがに何度もとり上げていたせいか、ここでの演奏は堂々たるもので、オーケストラの反応のよさと多彩な音色が素晴らしい。細かい部分まで聴きとれる音質のよさも驚異的だ。

32)チャイコフスキー:交響曲第4番 〔CD4/録音:1941年2月13日,第4楽章のみ1940年5月26日〕

 ベイヌムはチャイコフスキーをほとんど商業録音しておらず、この名曲の録音は貴重なものとはいえ、原盤の紛失のために二種類の演奏会の音源で構成されており、しかもそのうちの一方(第4楽章)はメンゲルベルクが指揮している可能性もあるらしい。

 後年のベイヌムであればメンゲルベルクとの違いは明らかなのだが、この頃はまだその個性が確立されていないようだ。ベイヌムによる第1〜第3楽章も、速めのインテンポを基本としてはいるものの、濃厚な表情づけが残る演奏となっている。よって、合成による違和感はない…かといえばそうでもなく、終楽章はさらにこってりした演奏であり、ここまでくるとたしかにベイヌムとは思えない。

33)チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」 〔CD1/録音:1940年6月6日〕

 後年のベイヌムと比較するとかなりロマン色の濃い演奏で、これもメンゲルベルクの影響なのだろう。演奏会で35回もとり上げたほどの愛好曲だったらしいが、1950年のデッカへの録音はロンドン・フィルと行われている。

34)ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」〜“彼女は私を愛したことがない” 〔CD10/録音:1956年4月18日〕

 バリトン:ボリス・クリストフ/チェロ:ティボル・デ・マヒューラ
 ベイヌムによる歌劇、コンセルトヘボウ管によるヴェルディ、いずれも非常に珍しい録音。もちろん全曲上演されたわけではなく、ルドルフ・メンゲルベルク基金の資金集めのためのガラ・コンサートとのこと。レアな演目で集客を図ったのだろうか。

35)ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 〔DVD/録画:1957年5月5日〕

 このセット最大の収穫。音だけでも十分に貴重なベイヌム&ヘボウのベートーヴェン、それも英雄交響曲の全曲をテレビ放送用の映像付きで聴くことができる。収録されたのは「解放の日」コンサートという特別な演奏会だったようだが、会場はいつものコンセルトヘボウ大ホールで、映像はまずそのコンセルトヘボウの正面外観を道路の反対側からとらえたショットで始まる。続いて内観となり、やがて舞台後方の客席の間からベイヌムが登場。

 ここから開始される本編は、黒白の画質もモノラルの音質も、お世辞にも良好なクオリティとはいえないものの、通常の鑑賞にはまずまず差し支えないレベルといっていい。露出が不安定でピントもボケ気味なのは時代を感じさせるが、同時代の劇映画などと比較してしまうともうちょっとなんとかならないものかと思ってしまう。テレビ用の録画ということで、技術上の制約や限界も大きかったのだろう。カメラワークは、主旋律が複数の楽器間でやりとりされる個所で音に合わせて律儀にカット割りされる場面がややめまぐるしい以外、全体としては素直な映像設計で好感が持てる。音質もごく一部に不安定な個所がある以外は良好で、ティンパニの音がかなり大きい点でややバランスを欠いているとはいえ、そのどっしりとした音色がたいへん魅力的なので、音が引っ込んでいたり混濁しているよりはこのほうがずっといい。

 舞台の上には楽団員がぎっしりと居並び、現代的な観点からすると大きめというべき編成となっている。ホルンなど6名もいるほどだ。しかし出てくる音はボッテリした重い響きではなく躍動感に溢れており、アンサンブルの精度の高さをうかがわせる。それにしても、これはシカゴ響の歴史的映像を観たときも思ったことだが、団員にはいかつい風貌の紳士が多くて、女性もいるにはいるがいっこうに目立たず、画面が黒白というせいもあって、なんとも男っぽくハードボイルドな雰囲気が漂っている。しかもこの時点でかなり団員の高齢化が進んでいるようであり、ハイティンク時代になってオーケストラの音が変わったとすれば、このあたりにも理由がありそうだ。

 指揮棒を持たないベイヌムの指揮ぶりは概してキビキビした動きで、その意味でも「絵」と「音」が合っている。だが、特に静かなパッセージでもないのにほとんど動作が止まっている個所もあり、これが音楽的に意味のあることなのか、ベイヌムの体調によるものなのか、判別しにくい。というのも、楽章間にポケットからなにかを取り出して口に含んでいるように見える仕草がカメラに捕えられているのだ。これがもし薬品だとすれば…。

 というシリアスな側面がある一方、言ってはなんだがユーモラスなのはベイヌム先生の個性的なヘア・スタイルだろう。正面からのポートレイトを見る限りでは想像もできない後頭部の見事なハゲ具合。このあたりは、前述したシカゴ響の映像に残されたライナーやセルのストイックな姿には絶対に見られないような、先生の微笑ましき人間的側面といっていい(?)。

 さてベートーヴェンのほうは、あくまで端正な表情を保ちながらも速めのテンポで滑らかに進行していく。音が大きいだけでなく画面でもしばしばアップでフューチャーされるティンパニによって要所が引き締められ、渋い映像とあいまって、独特の風格も感じさせる演奏だ。ところが…第4楽章の終結近くの、オーボエに先導されてゆったりとした曲想となる変奏部分で、ここまでの流れとうってかわって超スローなテンポとなるのだ。突如として息詰まるような雰囲気となり、そのすごい緊迫感を経て、一気に終結部になだれ込む。これはベイヌムらしからぬ表現かもしれないが、実演では最高の効果を発揮するだろう。事実、観客からは盛大な拍手が巻き起こり、ベイヌムはそれににこやかに応えるのだった。

 そして画面は最後にもう一度、いまや日が暮れてライトアップされたコンセルトヘボウの外観となり、終了。まったく素晴らしい映像作品だ。このDVDが本ボックス・セットの価値を大いに高めているのは事実だが、もっと多くの人が手軽に入手できるようになれば、さらに望ましいことだと思う。

(なおこのDVDは、NTSC及びPALの両規格に対応するため、アナログレコードのように両面が信号面となっています。中央の穴の周囲に書かれた小さい文字に”NTSC”とある面を下にしてセットすればOK。リージョンコードはフリーのようで、通常の国内向けDVDプレーヤーで再生できます)

(つづく)

(An die MusikクラシックCD試聴記)