コンセルトヘボウ管第11回来日公演<2002年>【レビュー】

文:さとみさん

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コンセルトヘボウ管2002年来日チラシ

 

≪はじめに≫ 

 

 「ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団が来日する。」と知ったのは、4月のオーケストラアンサンブル金沢(以下OEKと略します)の合唱団のオーディションがあると知ったときでした。当初は11月8日(金)の予定だったような気がします。その後、12日に変更になりました。都合よく、当日は私は休日だったので、「これは何としても出なくては!」と思っていました。というのは、指揮がリッカルド・シャイ−だったから。ファンなんです…。ということで、音楽のことを少しばかりかじっただけの若輩者がこんな記事を寄せてしまいます。かなりミーハ−な部分も多々ありますが、お許しを…。

 

≪11月11日・前日≫ 

 

 合唱指導の佐々木正利先生が、7日のサントリーホールでGP(ゲネプロ)からずっとシャイ−に付きっ切りだったそうです。そのときのお話を前日の練習のときに伺いました。

 「まず、オケの音量はすごい。あのシェーンベルク合唱団ですら『もっと出して!』と言われていた。だから、楽譜の強弱記号をランク上げて歌って欲しい」

 つまり、メゾ・ピアノはメゾ・フォルテ、フォルテはフォルティッシモということに。何回も「それでMAX?出し切って!」と注意を受けました。特に「bimm,bamm」の部分は低い音なのに最高音量っていうのは、かなりつらくて、こんな楽譜を作ったマーラーをほんの少し恨みました(苦笑)。

 立ち位置が発表されました。オケの後方にOEKエンジェルコーラス。OEK合唱団はステージの真上、パイプオルガンのバルコニ−です。佐々木先生によれば、「2つの合唱が、ぜんぜん違う方向から聞こえてくるようにしたいとシャイーは言ってた。」そうなのですが、高所恐怖症の私にとっては、かなり酷で、なんとか2列目になるよう祈るしかありません。
徹底的にドイツ語の発音を直されて、11日は終了しました。

 

≪11月12日・ピアノプロ−ベ≫ 

 

 集合して、初めて舞台に立ちました。思ったより高くなく、しかも2列目だったので足は震えませんでした。ステージを覗くと、すごい椅子の数! OEKは室内オーケストラなのでなかなか大編成のオケの状態が把握できなかったのですが、椅子の数を見ただけで音量の凄さが伺い知れました。佐々木先生の指導で軽く通し、いよいよマエストロ・シャイ−がやってきました。

 実は、1988年のザルツブルグでのシャイ−による「チェネレントラ」のLDを持っていて、そのときのシャイ−の棒振りにすっかり魅了されて以来のファンなのです。しかも、ロッシーニといえばシャイ−しかいない!と豪語するほど、好きなんですね。本物が見られる!というだけでかなり舞い上がっていた私を待っていたのは、年月の早さでした。上品に言えば「恰幅が大層よろしくなられて」いたのです(TT)。でも笑顔は昔のままでした。

 マエストロの棒は分かりやすく、とても安心して歌えました。やはり強弱は注意を受け、子供と大人の2つの合唱の対比をしたかったように感じられました。時折、アーティスティック・マネージャーのジョエル・E・フリード氏が客席からマエストロに何か言っておられました。30分ほどで終わり、いよいよGPです。

 

≪11月12日・GP≫

 

 着替えてステージへ。もうオケの皆さんは座っておられます。弦の数に正直びっくりしました。コンサートマスターはアレクサンダー・ケール氏のようです。立ったり座ったりするときにコンマスの動きに合わせないといけないので、早速確認しました。

 マエストロに紹介を受け、いきなり第5楽章! 棒に合わせて忠実に歌いました。この楽章で出番の無い楽団員達が、上を見ているのがわかります。ちゃんとドイツ語に聞こえているか、音量は充分か、それが私はすごく心配でした。

 ソリストも紹介されたのですが、名前が聞き取れず、「誰?」でした。ソリストは自分の部分が歌い終わると、客席の方へ行き、こちらを見ていました。声はアルトのような、カウンターテナーのような…。ダンガリーシャツを着て、ショートカットなので全く解りませんでしたが、こちらを見た時の目を見て、ナタリー・シュトッツマンだと解りました! わざわざ金沢に来てくれたんだ、と思うと、感謝で一杯でした。

 1回通してマエストロが「コーラス、バイバイ!」そう、GPでは私たち合唱団員はこれのみ。最初から聞けませんでした。楽屋で待機です。

 

≪閑話休題≫

 

 ここで少しOEK合唱団について。石川を中心として北陸の3県からオーディションで選ばれます。中には大学等で専門教育を受けてこられたメンバーもいますが、私を含め殆どがアマチュアです。4月から練習してきて本番舞台がこのコンセルトへボウを含めて3回。マーラーの練習は10回も無かったでしょうか。リハを聞いたマエストロが「シェーンベルクよりいい」と言って下さったのは、多少のリップサービスもあるでしょうが、私たちの誇りです。

 

≪11月12日・本番≫

 

 ステージに上がると拍手。お客はほぼ満員です。所々空席がありましたが埋まっていきました。オーボエが立ち上がり、オケが弦調整していきます。マエストロ登場に最大の拍手! 第1音は金管の凄い音!! これがフルオケの音量! ハイティンクのCDで予習はしましたが、頭を殴られたような衝撃でした。私が居る位置のせいなのか、やはり管の音は強い。でも金属的な力強さだけでなく、暖かい音でした。

 長い長い1楽章ですが、切れ目無く流れる音楽のおかげで長さは感じません。次はどの楽器?と期待させてくれます。下から聞こえてくる音楽は、まるで地上の喧騒のように「天使」役の私たちには聞こえました。マーラーは自然の情景を描いた、と言われていますが、そんな具象的ではなく、もっと人間の感情や欲望などといった抽象的な音にも聞こえました。

 第1楽章終了。お客もここで拍手していいものかどうか迷っているようで、まばらに拍手。帝国ホテルでのマエストロの記者会見で、「マーラー自身は第1楽章の後に5分間の休憩を入れた。しかし、楽譜には指示していない。だから私は楽譜に忠実に、休憩無しで演奏したい。」とありました。マエストロは指揮台から降りられ、額の汗を少しぬぐわれたのですが、第2楽章のイメージを作ろうと、手を組み目を閉じて静寂が戻るのを待っておられました。まるで祈るように。

 第2楽章、メヌエットのようです。先ほどよりも弦が前に出ているようで、柔らかい雰囲気です。マエストロの棒も先ほどとは違って、ゆったりとやさしく動きます。

 第3楽章の前に、ソリスト、ナタリー・シュトッツマンが黒のパンツスーツで登場。お客もこのときはもう遠慮なく拍手! たまたまリサイタルで来日していたとはいえ、こんなラッキーはそうあるものではありません。

 ポスト・ホルンですが、私には上から吹いているかのように聞こえました。パイプオルガンの一番上で吹いているのかな?と思ったのですが、後から聞くと、お客から見て舞台の右のドアが開いていて、そこで吹いていたとのこと。でも音は上から聞こえてきたんですよ。最後の審判のラッパのように、神の啓示のように。音は決してトランペットの音ではありませんでした。

 第4楽章、アルトソロ。合唱はここで一緒に立ち上がります。少し押さえ気味かな?とも思いましたが、歌詞の内容、曲の情景に合わせてゆったりと柔らかく暖かい声でした。

 いよいよ出番です。第5楽章は4楽章から切れ目無し。子供たちにマエストロが力強く棒を振り下ろします。「bimm,bamm!」うまく出てくれました。GPではお客が入っていないせいか、自分たちの声は良く聞こえましたが、本番では全く聞こえません。音量は足りているのか? 心配になりましたが、マエストロはあおることも無く、時折親指を立てて「いいぞ!」と示してくれたので安心しました。あんなに練習したのに、あっという間でした。最後のソプラノのFの音がすーっと消えていき、続けて第6楽章に入ります。

 まるで「お疲れ様。ありがとう」というマエストロとマーラーの声を代弁するかのようにゆっくりと和音が流れます。合唱団員にとって第6楽章は「癒し」です。「もっと豊かに、厚い音を!」というように、マエストロは弦を煽っていました。190cmの巨体が両手を上に伸ばした姿が神々しく、ますます大きく見えて、団員の何人かはもう涙していたようです。最後の低音の繰り返しの部分で私も泣きました。このままいつまでもこの音楽が続いて欲しい、そう願いながら。

 「ブラヴォー!!!」これだけの喝采を久々に聞きました。カーテンコールは数えてませんでしたが、5〜7回ぐらいだったように思います。佐々木先生も引っ張り出され、合唱団員も暖かい拍手を受けました。金管の人達への拍手がものすごく、特にポスト・ホルンの人には最大級のブラヴォーが飛び交いました。で、肝心の楽器ですが、右手に抱えていたのは紛れも無くポスト・ホルンでした。

 

≪11月12日・ミーハーになる≫

 

 事務局に叱られてもいい! マエストロを間近で見たい!という私を含めた何人かの団員は、デジカメ、パンフレット、サインペン持参で楽屋へ(こういう時は勝手知ったるものですね)。いました!!でかい!!さすがに少し臆しましたが、歩み寄っていくと「だめ」との日本人スタッフ。隣にはシュトッツマンがいて、「私はいいわよ」オーラを出していたので、お願いしました。拙い英語で「素晴らしい経験をしました。あなたのおかげです」と言うと、「私も楽しかったわ」(TT)泣きまくりました。パンフレットの表紙の裏にサインを頂き、ちゃっかり写真も撮らせていただきました。声と同じで本当に暖かい人です。

 その場にいた日本人スタッフの方が、「OEK合唱団は、プロですか?」と聞かれました。というのは、その方曰く、「3つのマーラーのステージの中で、今日の合唱は最高だった」と。

 推薦入試のため明日の朝までに岩手に戻らなければいけない佐々木先生は、ビールを抱えて駅に走って行かれました。満面の笑顔で。エレベーター前でお見送りし、いざ打ち上げへ!とエレベーターに乗り込もうとすると、シュトッツマンとマエストロがいらっしゃいました。先に乗せてあげて、お見送り。2人ともにこやかに手を振っていかれました。

 この時点で、完全にマエストロとのニアミスは諦めたのですが、音楽堂を出ると、ファンの方がたくさん出待ちしています。「もしかして…」と思い、最後尾につけると、マエストロがサインをしていらっしゃいます。お付の日本人スタッフの方に、「もうだめ!」といわれましたが、マエストロは「OK」とサインをしてくださいました。「ありがとう」と言うのが精一杯。優しく「Thank you」と言って頂いたあの笑顔は、もう忘れることは無いでしょう。

 打ち上げ会場は、隣の全日空ホテル。シュトッツマンもオケの皆さんの宿泊もここです。最上階のラウンジで、女声だけの飲み会。おいしいお酒でした。そうこうしていると、オケのメンバーが飲みにやってきました。特に話をすることもなく、アイコンタクトで「Good job!」と言い合いました。

 本当に夢のような時間で、今でも目頭が熱くなります。このような経験はなかなかありませんが、「音楽を続けていて良かった」と思える時間でした。聞きに来て下さったお客様、この公演に関わったすべての方に感謝を捧げたいと思います。

 

 

 

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(An die MusikクラシックCD試聴記)