アルブレヒトのフィビフ「交響曲第3番」

管理人:稲庭さん

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CDジャケット

フィビフ
交響詩「トマンと森の精」
交響詩「嵐」
交響曲第3番
アルブレヒト指揮チェコ・フィル
録音:1993年(交響曲)、1995年(交響詩)、ドヴォルザーク・ホール、ルドルフィヌム
Orfeo(輸入盤 C 350 951 A)

 

■ はじめに

 

 皆様。フィビフはご存知でしょうか? とお聞きしますのは、自分のことを振り返ってみまして、もしチェコ・フィルに関心を抱かなければ、この作曲家の作品を聞く機会はあっただろうか、と考えてしまうからです。チェコ・フィルに関心を抱いたがゆえに、必然的に、19世紀半ば以降のチェコ音楽にも多少の関心をもつようになり、そのような中でこの作曲家の作品を少しずつ聞くようになりました(直後に述べますように、この作曲家の最も重要な作品には接していないのですが)。さて、今回取り上げてみたいと思うのは、彼が作曲した3曲の交響曲のうち最後の作品、「交響曲第3番」です。

 このCDを取り上げるのにはもう一つ理由がありまして、それは指揮者がアルブレヒトだということです。周知のようにノイマン以降のチェコ・フィルの首席指揮者はビエロフラーヴェク、アルブレヒト、アシュケナージ、そして現在のマーツァルへと至るわけですが、現在のマーツァルを除けば、アルブレヒトはこれまで取り上げていなかったことが少々気にかかっていましたので、今回良い機会だと思いましてこのCDを取り上げることにしました。

 

■ (1)フィビフに対する後世の評価

 

 フィビフは、1850年に生まれ1900年になくなったチェコの作曲家です。1850年生まれですから、ドヴォルザーク(1841年生まれ)の9歳下、スメタナ(1824年生まれ)の26歳下になります。

 ここでは、まず専門家によるフィビフの評価に関する文章を引用した後で、私見を述べてみたいと思います。

 「十九世紀末のチェコの音楽学者達は、チェコ国民音楽の生みの親はこの《二人一組》〔スメタナとドヴォルザーク―引用者〕ではなく、スメタナ、ドヴォルザーク、そしてフィビフの《三人組》だという見方をしている。チェコの現代音楽を代表する作曲家のヤルミル・ブルクハウザーも、一九六六年の著書で、スメタナ、ドヴォルザーク、そしてズデネック・フィビフがチェコ国民音楽を代表する三巨頭であるとして彼らを称えている」(クルト・ホノルカ著、岡本和子訳『ドヴォルザーク』、音楽之友社、1994年)。

 また、2000年にプラハで開かれた展示会のパンフレット(Zdenek Fibich 1850-1900, Published on the occasion of the commemoration of Zdnek Fibichs’s birth and death and its selection as a part of the UNESCO WORLD Anniversary)でも、

 作曲家ズデニェク・フィビフはベドルジフ・スメタナおよびアントニン・フォヴォルザークと並ぶチェコ国民音楽の共同創設者である。彼はあらゆるジャンルの音楽に貢献をした。また、彼は真のロマン主義者として、民間伝承を様々な形で導入し、彼の6つのメロドラマを通じて、チェコのメロドラマの創設者となった。三部からなる長大な「ヒッポダミア」は舞台での上演を念頭に置いたものであり、また、多数〔実に376曲!〕からなる連作ピアノ作品「気分、印象、追憶」は、並ぶもののない叙情的な雰囲気を持ち、また世界に類例を見ないものである。

 これらが、好意的な評価の代表例でしょう。しかし、現在の一般的な評価はとてもこのような評価には追いついていないように思われます。私はフィビフの曲を生で聞いたことは一度もありませんし、また、今後1年以内に交響曲や管弦楽曲、オペラなどの大規模な作品が演奏されるという話も聞いたことがありません(もちろん、単に私が知らないだけの可能性は大いにあるのですが)。そして、私個人としても、確かにフィビフがドヴォルザークやスメタナと並ぶ作曲家かと問われると、そこまで高い評価をするのはどうだろうかという疑問を禁じえません(その理由も後に少し述べたいと思いますが)。しかし、全く聞く価値のない作曲家かと問われると、それは違うという話になるわけです。

 ということで、私としては、ニュー・グローヴ音楽事典の「19世紀後半のチェコ作曲家の中で、スメタナおよびドヴォルザークに次いで、最も卓越した作曲家である」という評価が妥当ではないかと思っています。

 しかし、私は彼の「最も重要な作品」をCDですら聞いたことがありません。それらの作品とは、二番目の引用にあるように、「ヒッポダミア」と「気分、印象、追憶」です。とりわけ、後者には、恐らくフィビフの中で唯一有名な曲(ヤン・クベリークのヴァイオリンとピアノへの編曲によって)である「詩曲」が含まれていたり、ここに収められた素材から交響曲第3番が生まれたりしているということです。「ヒッポダミア」と「気分、印象、追憶」のどちらも全てスプラフォンからCDとして発売されていますし、「気分、印象、追憶」はいくつか抜粋盤が出ているようです。ですから、それらの作品をすべて聞いた後には評価が変わる可能性があるかもしれませんが、現在のところは上記のような評価で落ち着いています。

 

■ (2)フィビフの生涯

 

 フィビフは1850年12月21日に東ボヘミアのヴシェボシチェ(チャースラフ付近、といわれてどこだかお分かりになる方いらっしゃいますか?)の森林長官の子供として生まれました。

 彼は、プラハに活動の拠点を定めるのが1871年ですが、それまでに、様々な場所で教育を受けています。まず、少年期(9歳から12歳)には、親戚を頼ってウィーンのギムナジウムで教育を受け、さらにプラハのギムナジウムへ入学しています(12歳から15歳)。その後、1865年から1867年までライプチヒで音楽教育を受け、さらに1868年ら69年にはパリに滞在し、1969年にはマンハイムで教育を受けています。日本という島国からほとんど出ることのない私のような日本人からすると、恐ろしく国際的な教育を受けていることになりますね。しかし、これは、スメタナやドヴォルザークと比べてもかなり国際的なキャリアといえるのではないでしょうか。周知のとおり、スメタナは1856年から61年までスウェーデンに滞在し、ドヴォルザークはその1892年から95年までアメリカに滞在していますが、基本的な教育はチェコ国内(とりわけプラハ)で受けたことに異論はないでしょう。

 その後のフィビフは、プラハでの国民的音楽活動の中心人物の一人となりますが、スメタナやドヴォルザークと違い、プラハの仮劇場の副指揮者(1875-78年)およびロシア正教会の合唱指揮者(1878年-81年)を除き公的なポストに付くことなく、主として、作曲および私的な教師として生計を立てていたようです。

 

■ (3)フィビフの作品

 

 現在では、演奏されることも録音されることも珍しいフィビフの作品ですが、彼は結構多作家であったようです。1871年、すなわち21歳までに200曲以上の曲を作曲しており(但し、ほとんど破棄されたということです)、さらに全体では600曲以上に及ぶらしいです(もちろん、この中で「気分、印象、追憶」が占める割合は非常に大きいわけですが)。その内、録音が存在するものの一部をざっと見てみたいと思います。

 フィビフは、スメタナとは違い、ほとんどのジャンルに作品を残しています。まず、交響曲は3曲存在します(第1番1883年、第2番1893年、第3番1898年)。年代を見て気が付きますように、交響曲についていえば、フィビフは生涯の終りに近づいてから作曲しているといえるでしょう(但し、ライプチヒ時代に少なくとも2曲の交響曲を作っていますが、それらは現存しません)。

 管弦楽曲は多数存在します。今回紹介させていただきますCDに収録されている「トマンと森の精」(1875年)、「嵐」(1880年)の他に、しばしば「最も有名な作品」(なぜかといいますと、例の「詩曲」の主題が使われているからです)と言われる「夕暮に」(1893年)など。

 室内楽に関しては、弦楽四重奏曲を2曲(イ長調弦楽四重奏曲1874年、ト長調1878年)、および弦楽四重奏の形態による「主題と変奏」(1883年)、その他に、ピアノ四重奏曲(1875年)、ピアノ五重奏曲(1894年)、ピアノとヴァイオリンのための作品が数曲存在します。

 ピアノ曲は、触れる必要がありませんね。何といっても「気分、印象、追憶」(1892年〜1899年)に尽きるのではないでしょうか。

 舞台作品としては、オペラが7曲ほどあります。その中で録音が存在するのは「メッシーナの花嫁」(シラー原作、1882年)、「シャールカ」(1897年)などがあります。「シャールカ」はスメタナの「我が祖国」の第3曲と同じ題材に基づいています。この題材を基にしたものとしては、ヤナーチェクにも同じタイトルのオペラがありますから、相当に人気のあった素材なのでしょうね。また、フィビフの経歴を見ていますと、ドヴォルザークがオペラで認められたいと思いながら、ついに認められることがなかったのに対して、フィビフはその初期からオペラを作曲し、かつ、順調に上演されています(もちろん、失敗はありましたが)。この辺の評価は恐らく、当時と現在では全く異なっているのでしょう。

 さらに、メロドラマと呼ばれるジャンルの一連の作品があります。オーケストラ(もしくはピアノ)が後ろで音楽を奏でているところで、台詞による劇が進行する点ではオペラと変わらないのですが、オペラが「歌う」のに対して、メロドラマは「話す」という点が異なります(と思います)。オペラのレシタチィーヴォは「話す」ではないかと思われるかもしれませんが、それどころではなく、本当に、話すのです。この後、例えばチェコの作曲家で言えばウルマンなどがこのジャンルに曲を書いているようです。また、武満徹の「Family Tree」をご存知の方はそれを想像していただけると、どのような曲かイメージがつかめると思います。この中で、最も重要なのは、先に触れた「ヒッポダミア」(1888年〜1991年)です。その他に、「クリスマス・イブ」(1874年、オーケストレーションは1880年)、「水の精」(1883年)がシェイナの指揮、チェコ・フィルの演奏でCDになっています。

 

 (4)交響曲第3番

 

 さて、ようやく今回の本題である交響曲第3番に入ってみたいと思います(しかし、ここで述べることは、フィビフの作品全体について当てはまるように思います)。

 「生涯」のところで見ましたように、フィビフは成年に達するまでに、様々な所で教育を受けましたが、そのような中で彼に特に影響を与えた作曲家として言及されるのがシューマンとワーグナーです。

 どこにどのような影響が見られるのか、という難しい話になってきますと、私はほとんどお手上げです。そして、それは恐らく学術的には正しいのだとして、私にはシューマンとワーグナーという二人の作曲家の作品と、フィビフの作品を聞いた後で残る印象の違いが気になります。

 シューマンとワーグナーに共通するものは何でしょうか?どちらもドイツロマン派ですね。しかし、ドイツロマン派といってもたくさんの作曲家がいますからそれだけでは話になりません。そこで、シューマンの「交響曲第3番」とワーグナーの「神々の黄昏」のスコアをお持ちの方はチラッと眺めてみていただけますか?もしくは、CDをお持ちの方は弦楽器の内声(とりわけ第2ヴァイオリンとヴィオラ)に注目して聞いていただけますか?(ワーグナーの場合は、ほとんどのシーンで弦楽器全体が内声部とでも言いたくなるのですが。)そうすると、私のような素人でも分かる特徴が見えてきます。同じ事を延々とやっていませんか(シューマンの場合は、これでもかという刻みと、同じ音型の反復、ワーグナーの場合は、えらくスピードの速い分散和音と刻み)。

 別にこれがシューマンとワーグナーの唯一の共通項であるとは申しませんが、感覚的に申しますと、人(演奏者)を追い込む音楽という点では似ていると思うのです。自らの経験に基づく何の根拠もない実感だけで話をさせていただきますと、シューマンの「交響曲第3番」の第1楽章は、本当に刻み以外なにをやらされたのかさっぱり分からない内に終了します。さらに、その楽章を弾き終えたときには、交響曲1曲を全て演奏したかのような精神状態になりました。へとへとです。

 考えてみますと、シューマンもワーグナーも相当に変わった一生を送っていますね。シューマンは精神病で自殺してしまいますし、ワーグナーは、自らが狂っている自覚がない狂人とでもいいたくなるような一生を送っています。作曲家のパーソナリティとその作品がどこまで関係を持つのかは様々なパターンあるのでしょうし、そう簡単な結論は慎まねばならない気がしますが、この二人についていいますと、良い意味でも悪い意味でも「病的」な音楽を残したことが共通しているのではないかと思います。もちろん、すぐさま申し添えねばならないのは、この「病的」要素は、芸術作品一般に見られるものでしょうし、それが彼らの作品の最大の魅力であるということです。

 例えば、シューマンの交響曲第2番の第2楽章は、二つのトリオを挟んでヴァイオリンが延々と早い音符で駆け回ります。早い音符で駆け回る曲は古今東西たくさんありますが、例えばグリンカの「ルスランとリュドミラ」と比べて、シューマンの曲は「何かがおかしい」と感じさせるに十分だと思います。多くの場合、テンポの速い曲というのは、爽快な感じ(モーツァルト!)、もしくは緊迫した感じを与えるのですが、シューマンの場合は、ひたすら鬱々、どんよりとして楽しまないのです。ワーグナーの「神々の黄昏」にいたっては、音そのもの、演奏時間、さらには「ニーベルングの指環」全体を貫くヴィジョンの壮大さから来る「病的」な要素、など「何かがおかしい」と感じさせる素材はごろごろしているように思います。

 このようにフィビフに影響を与えたとされるシューマンやワーグナーの音楽には、「どこかおかしい」という部分があるように思います(もっと下世話な言い方を許していただけるとすれば「いっちゃっている」のです)。

 それでは、フィビフはどうかと申しますと、こういう「どこかおかしい」という要素がほとんど感じられないのです。これが、この作曲家の最大の特徴であるように思います。確かに、交響曲第3番は、初期の作品に比べて、対位法的な面白さや、同じ音型の繰り返しによる統一感などの点では長足の進歩を遂げているように思われます。しかし、シューマンのように「どこかおかしい」のかと問われますと、そうではないと答えたくなってしまいます。おそらく、この辺がフィビフという作曲家の魅力であると同時に、弱点であるようにも思います。奇妙な言い方をさせていただければ、フィビフは「健全なロマン派」であるように思うのです。

 また、スメタナやドヴォルザークの作品と比較しましても、それほど民俗的もしくは民族的な感じはしません。確かに、「シャールカ」に見られるように民族的な題材を選んだりはしてはいるのですが、これ見よがしにポルカが出てきたり、ということはあまりありません。この点でも、フィビフは、多少民俗的な「健全なロマン派」であるように思われ、この点では、交響曲第3番もそういって問題ないと思います。

 

■ (5)アルブレヒトの演奏

 

 アルブレヒトは、普通の指揮者が取り上げてはくれないようなレパートリーをきちんと取り上げてくれる指揮者であり、なおかつ、チェコ音楽についても積極的に取り上げてくれる指揮者です。例えば、現在のところアルブレヒトの録音でしか聞けないのではと思われるチェコ音楽には、ドヴォルザークのオペラ「ディミトリー」(Supraphon)や、J.B.フェレステルのヴァイオリン協奏曲(Orfeo)などがあります。また、ウルマンやシュールホフなどのナチスの犠牲となったチェコの作曲家も積極的に取り上げています(Orfeo)。さらに、最近発売された、ドヴォルザークのオペラ「ジャコバン党員」(Orfeo)は、本当によい仕事だと思います。

 しかし、私がアルブレヒトのファンかと問われますと、答えに窮します。彼の音楽は、非常に折り目が正しいものであるのは分かるのです。ところが、ロマン派の作品になるとこの点がネックになるのではないかと思ってしまうことがあります。これは、先にシューマンとワーグナー、それとフィビフを比較したときに述べた「なにかおかしい」という要素をどの程度演奏の中に盛り込めるかということに近いかもしれません。アルブレヒトの演奏は、これまで聞いたところでは、なにを演奏しても基本に忠実といいますか、余計な感情的な読み込みを極力抑えたといいますか、そういう演奏をするように思います。それでは、ハイティンクもそのような演奏をするではないかと思われる方があるかもしれませんが、アルブレヒトの演奏はハイティンクよりもきびきびとしている(時には、落ち着かないと感じるほどに)反面、ハイティンクほどのスケール感はないように思います。

 確かに、フィビフの作品は、スメタナやドヴォルザークほど民俗的ではありませんから、このようなアプローチもある程度有効であるように思われます(但し、交響曲第3番はその中では民俗的な方だと思いますが)。しかし、スメタナやドヴォルザークの作品ほど「しかけ」が多くないことも確かで、その分だけ演奏者の方で見せ場を作ってやらなくてはならない音楽なのかも知れないとも考えられます。

 一方、チェコ・フィルの方は、周知の通り、歌うオーケストラですから、フィビフのような作品を演奏させるとうまくいきますね(これに対して、対位法的な、もしくは、曲の構成としての構築性が求められるブラームスのような曲は苦手なように思います)。

 というわけで、ある意味この演奏は指揮者とオーケストラの志向が全く逆方向を向きながら、両者のせめぎあいの中で成立している演奏であるように思われ、この録音の時点では、まだ、チェコ・フィルの方が優勢勝ちを収めている(こんな表現は許されますか?)という感じです(同じCDに収録されている他の作品の演奏と比較してみてください)。しかし、例えば、もう少し遅いテンポをとってほしいかもしれないと思う部分や、もう少しオーケストラに自由に演奏させる時間を与えてもよいのに、と思われる箇所がないわけではありません。しかし、チェコ・フィルからまとまった、状態のよいときのチェコ・フィルらしいサウンドを引き出している演奏であることは疑いえません。というわけで、この演奏は、これ以上リジットにやろうとしたらフィビフという作曲家の面白みがあまり分からなくなるぎりぎりの線でとどまった、現代的でスマートな演奏である、といえるかと思います。

 

■ おわりに

 

 今回はあまり知られていないフィビフの紹介も兼ねてアルブレヒトのCDを取り上げてみました。これを期に興味をもたれる方が一人でもいらっしゃいましたら、うれしく思います。

 補足としてフィビフのCDおよびアルブレヒトのCDのうち気になるものを列挙しておきました。

  ■ 補足1 フィビフのその他のCD
 

 フィビフを紹介する機会はそれほどないように思われますので、ここで私が好きなCDを何枚か紹介させていただきます。

 

1.交響曲全集

 

 交響曲全集は恐らく現在までに3種類録音されています。しかし、スプラフォンから発売された国立ブルノ・フィルの演奏(指揮者は曲ごとに異なります)については、筆者は未聴です。残る二つはシェイナ指揮チェコ・フィルのものとヤルヴィ指揮デトロイト交響楽団のものです。本ページの趣旨からすれば、前者をお薦めするべきなのでしょうが、その録音の古さがネックになります。但し、第3番だけはステレオ録音ですし、アルブレヒトの演奏がスマートすぎると感じる方は、この演奏の濃厚な表現に共感を覚えることと思います。ヤルヴィの全集は、アメリカのオーケストラの音色とスタイルがフィビフにふさわしいのだろうかという点がこれまたネックになります。というわけで、どちらも一長一短です。

CDジャケット

交響曲第1〜3番
交響詩「夕暮に」
カンタータ「春の物語」
シェイナ指揮チェコ・フィル
録音:1950年(交響曲第1番、交響詩、カンタータ)、1951年(交響曲第2番)、1961年(交響曲第3番、これのみステレオ録音)
Supraphon (輸入盤 SU 3618-2 902)

CDジャケット

交響曲第1〜3番
ヤルヴィ指揮デトロイト交響楽団
録音:1993年(交響曲第1番)、1994年(その他)
CHANDOS (輸入盤 CHAN 9682(2))

 

2.管弦楽曲

 

 管弦楽曲集は何枚か発売されているようです。その中で、若き日のヴァーレクが指揮したものを。しかし、オーケストラの技量は決して褒められたものではありません。

祝典序曲「コメニウス」
交響詩「ツァーボイ、スラヴォイ、リュディエク」
交響詩「トマンと森の精」
序曲「アルコナの陥落」
ヴァーレク指揮プラハ交響楽団
録音:1984年
Supraphon (輸入盤 11 1823-2 011)

 

3.室内楽曲

 

 室内楽曲は、作品数はそれほど多くなく、かつその重要性も低いのですが、もしかすると最もCDに恵まれているジャンルかもしれません。その中から。

CDジャケット

ピアノ四重奏曲
ピアノ五重奏曲(ピアノ、ヴァイオリン、クラリネット、ホルン、チェロのための)
ラプシャンスキー(P)、パノハ四重奏団員、ペテルコヴァー(Cl)、クラーンスカー(Hr)
録音:2001年、2003年
Supraphon (輸入盤 SU 3487-2 131)

CDジャケット

ヴァイオリンとピアノのための曲集
ソナチネ
ソナタ
ロマンス
Clear Night
無言歌
演奏会用ポロネーゼ
スク(Vn)、ハーラ(P)
録音:2000年
Supraphon (輸入盤 SU 3473-2 131)

 私は、スクというヴァイオリニストが大好きでして、とりわけ、70年代以降の録音は、曲が何であれ音を聴いているだけで満足してしまうので、皆様がどうお聞きになるかは分かりませんが。曲は多少単純なものが多いかもしれません。

 

■ 補足2 アルブレヒトとチェコ・フィルのその他のCD

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第9番
アルブレヒト指揮チェコ・フィル
録音:1994年、ドヴォルザーク・ホール、ルドルフィヌム
CANYON Classics (国内盤 PCCL-00221)

 実は、演奏内容でいえば本論のフィビフの演奏よりこちらの方に感心するところ大でした。チェコ・フィルのブルックナーといえばすぐマタチッチ(とりわけ第7番)が思い出されますが、それとは異なる、かなりリジットなアプローチを取りながら、アルブレヒトによく見られる落ち着きのなさ、スケールの小ささが全く見られない堂々たる演奏です。アルブレヒトとチェコ・フィルの相反する要素はこの録音において最も理想的に統合されているのではないかと思います。

 

(2005年6月19日、An die MusikクラシックCD試聴記)