「わが生活と音楽より」
まだあったサンパウロ交響楽団のディスクを聴く(観る)

文:ゆきのじょうさん

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 2007年の夏に初めてその存在を知った、ブラジルのサンパウロ交響楽団を聴き続けて早2年になりました。その間に本サイトで上梓した拙稿は以下のようになります。

サンパウロ交響楽団を聴く

もう少し、サンパウロ交響楽団を聴く

来日中止 それでもサンパウロ交響楽団を聴く

サンパウロ交響楽団のチャイコフスキー/第4を聴く

 その間に、2008年10月に予定されていた来日が中止、2009年2月には常任指揮者であったネシュリングが事務局と喧嘩して任期途中に解任、という出来事がありました。進行中の録音プロジェクトも中止と聞いたため、今後はネシュリング/サンパウロ交響楽団でのディスクは出ないのだろうと思いこんでいた。ところがある時ブラジルのサイトを見たところ何と新譜が出ていたではありませんか! 早速買い求めたという次第です。簡易包装で地球の裏側から届けられたCDケースは見事に破損していましたが、CDそのものは無事だったことも相変わらず(笑)でした。

 

 

CDジャケット

ブラームス:
交響曲第3番ヘ長調作品90
大学祝典序曲作品80

ジョン・ネシュリング指揮サンパウロ交響楽団

録音:2007年5月17-19日(第3番)、2008年4月10-12日(大学祝典序曲)、サラ・サンパウロ
伯Biscoito Classico(輸入盤 BC237)

 第1番(BC229)に続くディスクです。と、なればおそらくブラームスは全集にする計画があったと考えるのが自然です。第3番も、第1番と同じ2007年の録音ですから、この年にブラームスを集中的に演奏・録音していれば全集化も夢ではないのですが・・・喧嘩して解任、となれば可能性は低いと考えた方がいいのでしょうね。

 さて肝腎の演奏ですが、第一楽章冒頭において、こけおどしのようなことをせずにきちんと手順を踏んで音楽を積み重ねて厚みを増していくやり方は、第1番と同様です。それ故に提示部の繰り返し後に響きに熱を帯びてくるのが自然に感じます。管楽器同士の絡み合いも絶妙に聴き取れます。アメリカやヨーロッパの一流オーケストラからみれば技量が落ちるのは仕方ありませんが、細部を疎かにせずそれでいて勢いを失わない演奏は、見落としするどころか時には一流オーケストラでの手抜きぶりがより顕わに感じることができるほどの「力」を持っていると断言できます。第二楽章でも音楽は実に気持ちよく流れていきます。ただがむしゃらにインテンポで押し切ろうとするのではなく、曲想の移り変わりでしっかりと呼吸しているので、聴いていてとても心地よいのも今までのディスクと変わりません。第三楽章ではもっと甘く切なく演奏することもできるでしょうに、一歩手前で節度を保っています。中間部の木管も侘びしさを切々と訴えるのではなく、そこはかとない陰りを見せるだけで、それが品の良さを与えてくれています。終楽章も一つ一つの音をないがしろにせず、次第に熱を帯びていくのは第一楽章と一緒ですし、今までの彼らのディスクで共通してみられることでした。奇をてらわない解釈で押し通しているので、特色のない演奏に感じられてしまうかもしれません。しかし、ここには確かな音楽があると思います。

 「大学祝典序曲」でも彼らの美点はそのままです。前半では打楽器のリズムの切れ味がよいことと、木管楽器の美しさが特筆されます。後半でも打楽器たちの冴えたリズムが目立ちますが、ここでは弦楽器の伸びやかで暖かい色合いが素晴らしいと思います。

 このブラームスと一緒に届いたのが、シューマンの交響曲でした。

 

 

CDジャケット

シューマン:
交響曲第2番ハ長調作品61
交響曲第4番ニ短調作品120

ジョン・ネシュリング指揮サンパウロ交響楽団

録音:2006年3月30-31日、4月1日(第4番)、2007年7月5-6日(第2番)、サラ・サンパウロ
伯Biscoito Classico(輸入盤 BC239)

 シューマンは、既に第1番と第3番が発売されていました(BC231)。したがって、ここにめでたく全集が完成したことになります。シューマンの交響曲としては地味な2曲を組み合わせていますが、演奏は前出の時と統一が取れています。何となく晦渋な印象がある第2番が、ここまで面白く聴き通せるのはあまりないことでした。ネシュリングは各パートのアンサンブルとバランスを整え、勢い余って転がらないように締めるところを締めており、やはり並大抵な指揮者ではないことが分かります。第四楽章はホールの高さを感じさせる響きの突き抜け方が印象的です。最後の盛り上がりも素晴らしくティンパニの強烈な打ち込みが印象的で終わります。

 第4番も冒頭から音楽は躍動しています。聴いているだけでの印象ではオーケストラが一つになって乗りに乗って演奏していると感じます。そうでなくてはこの勢いと、移り変わりでの息づかいが自然にはならないでしょう。第二楽章は一転してかなりテンポを動かしていますが、ほとんどアタッカで第三楽章に入ると堂々とした運び方で音楽を盛り上げ、中間部で再び第二楽章を思い起こすような柔らかい物腰へ切り替わるのが見事です。第四楽章が見事に盛り上がりを示すのは第2番と同様で、特に金管の咆哮がアンサンブルを乱雑に飛び抜けることがなく響き渡るのが興奮させられます。最後のアッチェランドも素晴らしい熱狂で幕を閉じます。

 このコンビのシューマンの全集は、マイナーレーベル故に多くの人に聴かれる機会は少ないかと思いますが、他のディスクに負けず劣ることのない上質な出来映えだと思いました。

 

 

 

 ネシュリング/サンパウロ響はスウェーデンBISレーベルでヴィラ=ロボスのショーロ全集を(おそらく世界初)録音しました。その前のミンチュク指揮による「ブラジル風バッハ」全集と合わせたBOXセットも出ています(BIS1830)。これらについても、いつか機会があれば書き連ねてみたいと思います。 

 BISレーベルではヴィラ=ロボスの他に、フルーティストのシャロン・ベザリーとの録音を中心としたプロジェクトもあったようで、「サンパウロ交響楽団を聴く」でその第1弾を採りあげました。その続編が最近BISレーベルから出ています。

CDジャケット

追憶

シェーンベルク:コル・ニドレ - 語り、混声合唱と管弦楽のための 作品39(1938)
シュテファン・ブロンク 語り
バーンスタイン:ハリル - 独奏フルート、ピッコロ、アルト・フルート、打楽器、ハープと弦楽合奏のためのノクターン (1980-8/1)
シャロン・ベザリー フルート
ブロッホ:バール・シェム、ハシディ教徒の生活の3つの場面 - ヴァイオリンと管弦楽版 (1939)
ワジム・グルズマン ヴァイオリン
ツァイスル:ヘブライのレクイエム(詩篇第92番)
ガブリエラ・パーチェ ソプラノ
ルイザ・フランチェスコーニ メゾソプラノ
ロドリーゴ・エステベス バリトン
ネルソン・シルヴィア オルガン

サンパウロ交響合唱団
ジョン・ネシュリング指揮サンパウロ交響楽団

録音:2007年8月、サラ・サンパウロ
スウェーデンBIS (輸入盤 BIS-CD-1650)

 ヘブライ語もしくは、ヘブライ文化に関連した曲目を並べたアルバムです。これにブラジルのオーケストラを充てたのは意外に感じますが、聴いてみるとそれは誤解であったことがよく分かります。ネシュリングとサンパウロ交響楽団の演奏は極めて純度の高い響きをもたらしています。「ヘブライ=ユダヤ」というキーワードに囚われるのではなく、そこにある音楽が如何に美しいかを丹念に描き出すことに徹しているのです。この真摯さが音楽を創る(演奏する)ことの喜びを単刀直入に聴き手に伝えてくれます。BISレーベルがこのコンビに寄せる信頼感がいかに高かったかが納得できる一枚です。

 このように聴き続けてみて、やはり実演を聴いてみたかったなぁとしみじみ思いました。そんな私の願いを知ってか(?)、何とこのコンビによるコンサートのDVDが発売になったのです。

 

 

DVDジャケット

サン・パウロ・サンバ

  1. ヒナステラ:バレエ組曲「エスタンシア」より「マランボ」
  2. ピアソラ:「ブエノスアイレスの四季」より「ブエノスアイレスの冬」
  3. ヴィラ=ロボス:ショーロ第10番「愛情の破れ」
  4. ゴルドゥリーニャ、アルミーラ・カスチーリョ(ロベルト・シオン編):シクレチ・コン・バナナ
  5. ノエル・ホーザ、ヴァジコ(エドソン・アルヴェス編):コンヴェルサ・ヂ・ボチキン(ボチキンでの会話)
  6. モサルト・カマルゴ・グァルニエリ:エンカンタメント
  7. ジョアン・ボスコ、アウディール・ブランク(ナイール・アゼベード編):リーニャ・ヂ・パッシ
  8. ギンガ、アウディール・ブランク(ナイール・アゼベード編):バイヨン・ヂ・ラカン
  9. フランシスコ・ミニョーネ:奴隷王シコのマラカトゥ
  10. オスカル・ロレンゾ・フェルナンデス:「黒人たちの踊り」より「バトゥキ」
  11. セザル・ゲーハ=ペイシェ:モーラ
  12. アリ・バホーゾ:ブラジルの水彩画
  13. トン・ゼー、ペルナ:メニーナ・アマニャン・ジ・マニャン

クラウディオ・クルズ ヴァイオリン(2)
モニカ・サルマソ ヴォーカル(4,5,12,13)
バンダ・マンチケイラ(4,5,7,8,12,13)
サンパウロ交響合唱団(3,9,12)
ジョン・ネシュリング指揮サンパウロ交響楽団

録音:2008年12月31日、サラ・サンパウロ
欧Euroarts (輸入DVD 2057348、リージョンフリー)

 大晦日の演奏会ですから、ドイツ・オーストリア風に言えばジルベスター・コンサートということになります。まず冒頭はサンパウロ交響楽団の本拠地であるサラ・サンパウロの全景から始まります。大きくて立派な会場であることがよく分かります。聴衆は軽装がほとんどで、皆とてもリラックスしています。登場したネシュリングは写真での印象と同じく、大柄で仏頂面でまるで大学教授か会社社長のような風貌ですが、この映像ではコンサートの性格もあるのか表情は穏和でした。それにしても軽装が目立つな、と思っていたらブラジルの大晦日は夏でしたね。オーケストラの女性団員は肩から背中にかけて露出が大きい黒の衣装でしかも美人が多い(撮影側も心得ていて(?笑)、女性団員を中心に写すことが多い)ものですから、ショットによってはまるで上半身に何も身につけてないかのように錯覚して、おじさんである私はかなりドキドキしてしまいました。

 プログラムはすべてお国もので、しかもモニカ・サルマソがマイクで歌うポピュラーの曲も含まれています。ほとんどが聴いたことがない曲でしたが、冒頭からそれはそれはノリノリの演奏で聴いていて実に楽しいのです。それでいてアンサンブルには乱れがありません。いままでディスクで聴いてきたこのオーケストラの実力が、録音技術のお化粧だけでないことが確認できました。

 バンダ・マンチケイラはブラジルでは有名なビッグ・バンドのようです。「リーニャ・ヂ・パッシ」では、このバンド演奏が聴けます。このジャンルでの善し悪しは正直判断しかねますが、おそらく技量は卓越しているのではないでしょうか? バンド演奏に乗って笑顔で身体を揺すったり、聴衆と一緒に拍手したりするサンパウロ交響楽団員や合唱団員のショットも挿入されており、なかなか気が利いています。

 聴衆の乗りは最高です。演奏が終わるたびに歓声と指笛が飛び交い、カップルの男女は何やら感想を述べ合っています。小学生くらいの子供もいます。感激するとスタンディング・オベーションとなりますが、粗野な「ブラボー屋」はいません。演奏になるときちんと静まって聴き入っているのです。今までのディスクで聴いた喝采がそのまま映像で観ることができて、私はとても満足しました。途中にはオーケストラ団員や、ネシュリングも参加する細かい「仕掛け」が満載で終始楽しめましたが、その内容は観てのお楽しみとさせていただきます。

 最後は、再びモニカ・サルマソが登場します。この歌手も私は初めて聴いたのですが、大変心惹かれる歌声を持っていると思いました。「ブラジルの水彩画」は「ブラジル第二の国歌」と言われるくらい有名なのだそうで、さすがに私も聴いたことがありました。聴衆も一緒に歌う人が多く中には感極まったのか涙ぐんでいるような人も見えます。アンコールの「メニーナ・アマニャン・ジ・マニャン」も実に小粋な締め方で、やんやの歓声が沸き上がっていました。

 ビデオで観ていても楽しく、そして胸がいっぱいになるのですから、実際にこの場所にいたら涙腺がゆるんでしまいそうな感動を与えてくれるでしょう。このわずか2ヶ月後にはコンビ解消になってしまうのが信じられないくらいの緊密さだと改めて思いました。自称「追っかけ」であった私には過ぎた贈り物でした。

 なお、ネシュリング/サンパウロ響、バンダ・マンチケイラ、モニカ・サルマソの組み合わせは、このDVDが初めてではなく2006年にも演奏会で顔合わせがあり、そのCDが出ています。

CDジャケット

モニカ・サルマソ
バンダ・マンチケイラ

ジョン・ネシュリング指揮サンパウロ交響楽団

録音:2006年12月、サラ・サンパウロ
伯Biscoito Classico(輸入盤 BC227)

 上記DVDでのアンコール曲「メニーナ・アマニャン・ジ・マニャン」の他、「ボチキンでの会話」、「シクレチ・コン・バナナ」などと重複した曲目もありますが、演奏はやはり極上です。実はCDを先に買ったのですがDVDを観て聴き返してみると一層の感銘を受けたことを付け加えさせていただきます。

 

 

 

 まだ、遺された録音があるのかもしれませんが、おそらくブラームスとチャイコフスキーは全集にはならなかったのでしょう。ベートーヴェンもあと「英雄」が残っていましたが、ネシュリングで録音がなければ、第九で指揮していたロベルト・ミンチュクか、ネシュリングの後任となったヤン・パスカル・トルトゥリエ(あのチェリスト、ポール・トルトゥリエの息子)で録音されることを期待したいものです。そして、個人的にはマーラーをネシュリング指揮で聴いてみたかった、とつくづく思います。

 私のクラシック音楽(を聴く)歴で、まったく念頭になかったブラジルの素晴らしいオーケストラに巡り会えたのも、このサイトのおかげでした。ここに改めて感謝申し上げます。

 

2009年9月20日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記